日本のDXを成功させるには、しきたりの打破が鍵 〜 なぜ日本ではDXがうまくいかないのか…? その「シンプルにして根本的な原因」

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日本の科学技術の歴史を西洋と比較すると、日本人はアナログ的であるだけでなく、「数量化を嫌う」「原理や法則性を追及しない」という体質が伝統的に存在することが分かる。原理や法則性への熱意が希薄であるというのは、理念ベースの発想が苦手であるからだ。3つほど例を挙げよう。

最初の例は、現在、世界の工業界の標準化では日本が全く主導権を取ることができず、常にフォロワーの立場であることだ。標準化は一定の理念に基づいて体系化することが求められるが、日本人は理念の提示も体系化も苦手だ。

次の例は、日本企業においてはSAPに代表されるERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)製品の導入に当たって、毎回カスタマイズが多発していることだ。これによって、本来ERPが目的としていたプロセスの標準化が阻害され、結果的に導入コストだけでなく、運営コストも高くなっている …

最後の例は、江戸時代に製造された時計は、本来であれば定時法の時刻を表示するはずだが、日本では人間中心の不定時法向きに改造されたことだ。定時法では現在の時刻のように一日を昼夜関係なく均等分割するが、不定時法では、日の出から日の入りまでの昼時間を均等分割し、日の入りから日の出までの夜時間を均等分割する。つまり、昼と夜の一時間は春分と秋分の日以外は異なるのだ。西洋でも時計が発明された13世紀頃までは不定時法を使っていたが、自分たちの行動様式を定時法の時計に合わせて変更した。

これらの例から分かるように、日本人は一般性・原則・法則を好まず、本性的に個別性・特殊性を指向する傾向にあり、それが日本人の行動様式を強く規定していることが分かる。

ところで、DX関連の論調の中には、日本は高度成長時代の「成功体験がDXの浸透を妨げている」という主張を見かけるが、上で見たように、それは因果関係が逆で、日本の伝統的な慣習(しきたり)が高度成長時代のビジネスのしかたにマッチしていたので成長できた、と考えるべきだ。というのは、日本のように人間の修養によるレベル向上をベースとした考え方が効果を発揮するためには、前例があり、かつ社会基盤が安定していて社会的条件が継続することが前提だ。しかし、ITの急速な発展で、社会条件がころころと替わっていく現在社会は、日本人のアナログ思考・アナログ行動様式では対処が難しい環境だ。

このようにDXに対して悲観的材料の多い日本社会ではあるが、日本の歴史を見ると、鎌倉初期、織豊時代、幕末・明治、および第二次大戦後のように、強力な指導者と有能なブレーンがそろえば、悪しき慣習やしきたりを打ち破り一挙にゲームチェンジできるポテンシャルがある。日本のDX成功の鍵は、国家の指導者はいうまでもなく、組織・企業トップの賢明なリーダーシップにかかっていると私は考える。